001-留衣
001-留衣
01
「留衣、留衣! 起きろよ!」
しんと静まりかえった空間に、男の声が響きわたる。
「寝たふりをしても、分かるんだぞ! さあ、起きろったら!」
その男は、笑みを浮かべていた。
微笑みながら、泣きさけんでいる。
葬儀センターの大式場。
参列者は、大変な人数だった。
むろんだれもが、黒い喪服に身を包んでいる。
男だけが、乱れた様子の私服姿だった。
花に囲まれた壇上に上がりこみ、小さな棺にしがみついている。
読経を中断された僧が、男を優しく説得しようとしているが、まるで耳を貸す様子はない。
男の蹴倒した走馬燈が、床の上で、色とりどりの光を投げかけている。
センターの職員たちは、一様におろおろするばかりだった。
このような事態には、さすがに慣れていないのだろう。
あちこちから、すすり泣きの声が上がりはじめた。
子どもの声も、数多く混じっていた。
小学校の低学年だろうか。
親子連れの子どもが、たくさん参列している。
誰かが、壇上の男に、ゆっくりと近づいた。
その声が、はっきりと耳に届いてくる。
「そこから、離れて」
桐生直美だった。
震えてはいるが毅然とした様子で、直美は、男を見上げている。
男は、聞きわけのない幼児のように、むやみに首を振った。
「いくら呼んでも、ちっとも起きてくれないんだよ!」
男は、直美の夫の信孝だった。
直美の動きが、止まった。
小柄な身体が、異様に緊張しているように見えた。
たまりかねたのか、葬儀の導師が、直美の背中にそっと手をあてがう。
子どもが一人、わっとばかりに泣きだした。
※ ※ ※
とっても仲の良い、ご家族だったのに・・・。
近所の参列者の声を、式場で小耳にはさんだ。
直美と信孝は再婚同士で、留衣は、直美の連れ子だったらしい。
信孝は、喪主を勤めるべき父親であった。
しかし、葬儀が始まっても、式場に姿を現さなかった。
娘の死を、どうしても認めたくなかったのだろう。
式の半ばになってようやく信孝は、乱れた私服姿のまま式場に入ってきた。
傍らを通りすぎるとき、なにやら、ブツブツつぶやいているのが聞こえてきた。
それから、やにわに駆けだして壇上に上がりこみ、この愁嘆場を迎えたのだ。
近くで、しきりに囁きかわす声が、聞こえてくる。
お父さん、ホントに、おかわいそうに・・・。
何がなんだか、分からなくなってらっしゃるのよ、きっと。
おかわいそうに・・・。
※ ※ ※
その電話がかかってきたのは、桐生直美と、二人きりでいるときだった。
平日の昼間で、勤務中だったが、しめしあわせて会社を抜けだし、ホテルで落ちあう。
町はずれの、うらぶれたラブホテル。
クリスマスが近いせいか、それでも無人のロビーには、古びたツリーが飾ってあった。
自分たちには、似つかわしい場所のように、思われた。
上司と部下の関係は、あるときふいに、崩れた。
すでに半年あまり、ときおり情事を重ねつづけていた。
部屋に入るとすぐに、二人とも服を脱ぎはじめた。
時間はあまりない。
半裸の直美が、ベッドに腰を下ろし、どこか淋しげな様子で尋ねてきた。
「ねえ、わたしたち、いったいいつまで、続けていられるのかな?」
「うちの会社が、つぶれるまで?」
「はぐらかさないでよ」
「どうしたんだい、きゅうに?」
「なんでもないの、ちょっとね・・・」
「なんだよ、歯切れが悪いなあ」
「ごめんなさい、最近、なんだか留衣のことが、すごく心配で」
「・・・娘さん?」
「ええ、いろいろ、気にかかることがあって・・・」
「いくつ、だったっけ?」
「7つになったばかり。そろそろ手が離れたかなあ、と思ったのに」
「それで、この仕事を始めた、とか言ってたね」
「昼間は、ご両親が見てくれているんだろ」
「ええ、でもやっぱり、私がちゃんと見ないといけないのかなあ、みたいに思えてきて」
「じゃあ、仕事をやめるつもり?」
「う〜ん、まだわからない。だって、もっとお金が必要だし」
「俺に飽きたんだったら、ハッキリそう言ってくれよな」
「やだ! そんなんじゃないわよ!」
たぶん、今年はもう逢えない、という意識があったせいだろう。
その後の行為は、互いに貪りあうような、濃密なものになった。
直美は何度も、絶頂を迎えた。
直美は、股間の突起をいじられるのが、大好きだった。
背後から抱えて、何度か突起でイかせた後、放心状態の直美にのしかかる。
そこで初めて挿入すると、直美の身体は、新たな反応を示しはじめる。
疲れきってぐったりした直美の身体を、強く抱きしめした。
別れ話に似た話をしたせいも、あったのかもしれない。
幸せそうに目をつむる直美の額は、今かいたばかりの汗で、濡れている。
「好きよ・・・」と、直美がつぶやいた。
「旦那さんより?」
「やめてよ、そんな話」
トゲのある口調だった。
こんなところで、と続けるつもりだったのだろうか。
「あ、着信・・・」
直美が、ふいに身を起こして、枕元に置いた携帯を手に取る。
裸のまま、電話の応対をしはじめる直美。
たちまち顔色が、青ざめていく。
まるで生きながらに、死人と化していくように見えた。
「すぐに、帰ります・・・」
そう言って、電話を切る。
「何があった」
「留衣が。留衣が、誰かに、殺されたの・・・」
※ ※ ※
それが、4日前のことだった。
直美の娘は、何者かに強姦され、絞殺された。
死体は、自宅で発見された。
陵辱されつくした小さな身体が、ベッドの上で、冷たくなっていた。
犯人は、まだ捕まっていない。
※ ※ ※
警察はすぐさま、大がかりな捜査態勢を組んだ。
マスコミは連日、事件の報道を流しつづけている。
式場の外は、今もそれらの人員で、所狭しとあふれかえっていた。
「お父さんのお気持、私、すごくよくわかるんです」
左隣に座っていた老女が、嗚咽をこらえながら、話しかけてきた。
「私も、早くに子どもを、亡くしたもので・・・」
老女の言葉に、適当な相づちを打ちながら、あらためて直美に目をやる。
直美は、僧に支えられながら、じっと壇上の夫を見上げていた。
いまや信孝は、手放しで泣きじゃくっている。
「だれがいったい、こんなひどいことを。ぜったいに、許せませんわ!」
傍らの老女は、熱心に話つづけている。
すすり泣きの声は、繰りかえすさざ波のように、式場に響きわたっている。
ふと、誰かに見られているような気がした。
あたりを見まわす。
式場の壁に寄りかかるようにして立っている、大柄な男と目があった。
気づかれたことを気にした風もなく、こちらを凝視しつづけている。
まったく見覚えのない顔だった。
刑事だろうか?
こちらに向かって、かすかに頷いたように、見えた。
ふいに男が、壇の方に顔を向けた。
式場に響いていたすすり泣きの声が、ぴたりと止む。
隣の老女が、ひゅっと息をのむ音が聞こえた。
桐生信孝が、娘の棺の蓋を、こじ開けようとしていた。
「こうなったら、むりやりにでも、起こしてやるぞ!」
鬼を思わせる、ほとんど気が狂ったような形相に、なっている。
「やめて!」
いつのまにか、あの大柄な男の姿が、壇上にあった。
信孝の肩を、しっかりと抑えつけている。
一瞬だけ抵抗を見せたが、信孝は、がっくりと首をうなだれた。
男にうながされ、信孝はおとなしく段を下りはじめた。
そのまま、式場の外へと連れだされていく。
しばらくの間、葬儀の場らしくもない、騒然とした気配が立ちこめた。
直美は、よろよろとした足取りで、僧に支えられて遺族の席に戻っていく。
ほんの一瞬、直美と目があったような気がした。
魂を失ったような、虚ろな表情だった。
02
導師の読経が再開すると、場内のざわめきが、ようやく止んだ。
やはり、刑事だったのだろうか。
大柄な男の姿は、すでにない。
信孝は、どこへ連れていかれたのだろう。
「おじちゃん、・・・おじちゃぁん!」
左隣から、声がした。
幼い女の子が、こちらを見上げている。
斜め上から、見おろす形になった。
その席には、たしか老女が座っていたはず・・・?
女の子は、真っ黒なワンピースを着て、同じく黒の膝上ソックスを穿いていた。
ただし、髪につけたリボンは、血のように真っ赤で、いささか不謹慎に見えた。
親はどうして、葬儀の日に、こんな髪飾りをつけさせたのだろう。
殺された直美の娘と、同い歳くらいだった。
クラスメイトだろうか?
それにしても、驚くほど可愛らしい少女だった。
いかにも屈託のない表情で、こちらを見上げている。
抜けるような白さの右頬の上に、淡い青緑の静脈が走っている。
襟元にはうなじの線が、大胆なほど、のぞいていた。
うなじは、あまりに細かった。
簡単に、へし折れそうな感じがする。
返事をしそこねたせいもあって、思わず目を背けてしまった。
「どうして、シランカオするのぉ?」
女の子が、小声でくすくすと笑いだした。
「・・・おじちゃんが、ハンニン?」
思わず、女の子を見つめかえした。
「ヘンなカオ!」
自分の口を押さえつけるようにして、女の子は、くすくすと笑いつづける。
女の子は、ようやく笑いやむと、何気なく髪に手をやった。
「おじちゃんは、ハンニンじゃないよね」
いきなり真顔になって、少しだけ首をかしげてみせる。
「るいちゃんが、コロされるところ、みたもん」
「なんだって?」
女の子は、腿の上に手を乗せてきた。
小さな掌の温もりが、伝わってくる。
「ききたい〜?」
「・・・ああ」
「じゃあ、おトイレに、つれてって」
意味が、分からなかった。
「お巡りさんには、話したの?」
何かがおかしかったが、どうしても、焦りを抑えられない。
さらに問いかけた。
「ううん」
女の子は、かぶりをふった。
「おじさんが、はじめてだよぉ・・・」
「パパや、ママには?」
女の子は、わざとらしく、ふてくされてみせた。
「しらない。どっちも、どっかにいっちゃった!」
ひょっとして嘘を、ついているのだろうか?
「ねえ、はやく、つれてってよう」
そう言って、腿にきゅっと爪先を立ててくる。
「おしっこ、したいのぉ」
※ ※ ※
(続く)
(07/12/29更新)
女の子に乞われるまま、小さな手に引かれて、式場を抜けだした。
後ろで、巨大な扉が、音もなく閉ざされる。
式場の裏手にある、細長い廊下に出た。
えんえんと続く読経の声だけが、かすかに外に漏れでてきていた。
どこにも人影はない。
警察や報道の人間も、入りこんでいなかった。
係員と近しい遺族だけが使う、専用の廊下だった。
あの、大柄な男の姿も、見えなかった。
トイレは、廊下の突きあたり付近にあった。
女の子と二人で、足早に先へ進んでいく。
床にはモノトーンの絨毯が敷きつめられ、足音はいっさいしなかった。
「こっちぃ」
女の子は、まよわずに、男子便所へ向かった。
言われるまま、女の子を先にして、一緒に個室に入る。
後ろ手に、鍵をかける。
女の子が、手を離して便器に歩みよった。
こちらに背を向けたまま、自分でスカートをまくりあげ、返す手で下着をずらす。
それから、あらためてスカートをまくり上げた。
無邪気で、あられもない動作だった。
女の子の両足が、むき出しになる。
クリーム色の肌が、驚くほど艶やかに見えた。
人形を思わせる、あまりに華奢な両足。
背丈はせいぜい、胸元あたりまでしかない。
便座を前にして、女の子が、こちらに顔を向ける。
やや恥ずかしげに、微笑んでいた。
「だっこしてぇ」
尻を突きだすようにして、だらりともたれかかってくる。
慌てて女の子の両脇に、手を差しのべた。
腰の上に抱えあげる。
とても軽い。
青臭い子どもの体臭が、鼻先に、強烈に立ち上ってきた。
喪服の防臭剤と、髪のシャンプーの香りが、体臭に混じりあっている。
小さな身体の温もりが、じかに伝わってくる。
その姿勢のまま女の子は、自分の股間の突起を、いじりはじめた。
抱き上げている上から、その指づかいが、はっきりと見てとれた。
細い指先が、幼い突起に、くるくると繰りかえしまとわりついている。
「いじったら、でるの。おしっこ」
女の子の息づかいが、微妙に、不規則なものになってきた。
傾げたうなじに、柔らかそうな後れ毛がもつれあっている。
「ううふ・・・あふう」
表情は、まったく見えない。
女の子は、しばらく一心に、突起をいじりつづけていた。
やがて、どこか鼻にかかったような、甘えた声でささやいた。
「・・・でなぃん」
ささやいて、首だけを、こちらにめぐらせる女の子。
ねだるような目つきで、じっと見あげてくる。
「おじさんが、いじってぇ」
体の奥から、異様な衝動が突きあげてきた。
小さな重みが、腕から膝に移る。
女の子を抱えたまま、便座に腰を下ろしていた。
女の子の頬は、いつのまにか紅く上気している。
ふたたび強く、こちらの手を握ってきた。
ぐいぐいと、華奢な股間へ導こうとする。
できないよ、とつぶやいた。
女の子が、さっとこちらを振りかえった。
嫌々をするように、むやみに首を振る。
「るいちゃんばっかり、ずるい!」
言いながら、思いきり背中を反らせている。
こちらを見あげながら、しきりに身じろぎを続けていた。
ほしいオモチャを得られないときのような、切なげなまなざしだった。
「いじってよぅ、いじってようぅ」
・・・できないよ。
少女の要求を拒む自分の声が、まるで読経の声のように聞こえてきた。
「できないよぅ・・・」
切迫した様子の幼い呼吸音が、その声に混じりはじめる。
「ふっく、うっふ、あっくあっく、うくううう・・・」
呼吸音は、しだいに高まっていく。
気がつけば、幼い少女の突起を、夢中でいじくりまくっていた。
(続く)